誘蛾灯
頭上の蛍光灯が切れかかっているのを部屋に広がる光の点滅で知る。しかし今はそれを買いに行く時間さえ惜しい。否、買いに行くひとときの間も目を離したくない。点滅に合わせて眼下の顔が黒く白く見え隠れする。その目に映る自分の姿を見ないようにして、しかしその目に宿る“感情のようなもの”を一つたりとも取りこぼすまいと充はまばたきをすることも忘れている。
「辛くないですか」
「だいじょうぶだ」
こんな時でもあいかわらず迷いのない的確な返事をする桐山に、充はほんのわずかばかりの苛つきを感じる。しかしすぐにその考えを理性で振り払った。
「無理しないでください」
「無理じゃない」
「なら、いいんですけど……」
こうして肌を重ねるたびに初めて桐山を抱いた時のことを思いだす。やはり今日と同じこの部屋で、自分から仕掛けておきながら最後の一歩を踏み出せずにいた充を桐山はベッドに押し倒し、自ら服を脱ぎ口づけた。
それはまぎれもなく桐山の意志だった。桐山がそこまで意図していたかどうかは別として、そのことが充をこんなふうにしてしまったことは事実だ。
充がぐっと腰を進めると桐山の顔が歪む。苦しそうな声で喘ぐ。桐山が自分の与えるものに反応している。
桐山が自分のー。
充はそれをただ見たいのだ。それを感じたい一心で充は何度も飽くことなく桐山を抱く。快感、苦痛、悦び、それら感情はすなわち心である。しかしそれがはたして桐山の、という疑問が充に常につきまとってくる。夜の街灯に集まる蛾のようにしつこくいやらしい羽音を立てて。しかし今の充にはこれ以外の方法がわからない。そして蛾はどうしようもなく誘われてしまうのだ。寂しげに浮かぶ甘やかな灯に。
完全に夜の帳が降りたころ、どうにか持ちこたえていた蛍光灯がぱちんという音をたてて切れた。それに合わせるかのように闇の中で桐山は充の名前を呼んだが、黒い影に覆われてしまった桐山の顔を充にはもう確認することができなかった。