COLD BLOOD
流川にとってバスケと寝ること以外のすべて億劫だが、中でも靴箱を開けるのはとくに苦痛である。そこに靴以外のものがあったりするからだ。贅沢な悩みだと責めるのはお門違いだ。どれだけの羨望を集めたとて、それはまったく流川の望むところではないので。立場が違えば都合も違う。しかし、そんなあたりまえのことがなかなかわかってもらえない。
それでもう流川は、いっそのこと南京錠でもつけてやろうか、と、わりと本気で考えはじめている。
その朝も案の定、靴箱には手紙が一通。
思わずため息が出た。
初回の“道場破り”から1ヶ月、流川はふたたび勝負を挑むつもりで放課後の陵南高校へ出向いた。もちろんノーアポだ。
遠慮なく正門から足を踏み入れる。生徒たちがぶしつけな視線を送ってくるが、無視する。一度来た道、迷いのない足取りで、一路、体育館を目指した。
途中の自転車置き場で目的の人物はみつかったのだが、隣には女子生徒がいてなにか話している。流川は女子生徒がいなくなるのを待とうと、少し離れた場所に身をひそめ、ようすをうかがうことにした。
仙道が一方的に身振り手振りを交えて、女子生徒に話しかけている。女子生徒はややうつむき加減でいるが、微動だにしない。
突然、女子生徒が両手で顔をおおった。肩が小刻みに震えだし、ときおり首を横に振るしぐさを見せる。声こそ聞こえないが、どうやら泣いているようだ。身体いっぱいで表現された拒絶だ、流川はそう感じた。それでも仙道はアプローチを続けようとしていた。無駄だ、早く終わってくれ、と流川がうずうずとしてはじめると、まるでそれを感じ取ったように女子生徒はその場から走り出し、流川の隣をおそろしいスピードで駆け抜けてそのまま校外へと姿を消した。
起こっていることのおおよそは把握したが、どう見ても良くはない状況である。さすがの流川も声をかけようか迷った。しかしこのまま黙って帰ってしまったら、何をしに来たのかわからない。
「おい」
「え? わ! 流川!? なんで? え?」
流川の登場に仙道はあきらかな動揺を見せた。しかしその動揺は、予期せぬ人物の来訪のせいだけではないようだ。
「……見た?」
「まあ」
「まいったな……。でも見られちゃったならしょうがない。今朝、これが靴箱の中に入っててさ。できるだけ丁重にお断りしたつもりなんだけど」
仙道は封筒をちらつかせ、肩をすくめて苦笑した。それを見て流川は、こういったものは誰に出すにしてもだいたい同じなんだな、とあまり役に立ちそうにない知識を得た。
「そんなんほっときゃいい」
「いやいや、そういうわけにはいかないでしょ。いちおうマナーとして」
「めんどくせー」
仙道が絶句する。一瞬、あきれて、そのあと目の前にある顔を見て納得した。そうだった、相手は流川だったと。
「まあ……オレはおまえとは数が違うんだろうけどさ」
「数の問題じゃねえ」
「つめたい男だねえ」
「べつに」
眉ひとつ動かさずいってのける。説き伏せるのは不可能に近そうだ。
しかしまあ、ここまでよくできたツラならそういう考えになってもしょうがねえか、と、仙道は流川の顔をまじまじと見つめた。パーツの配置も大きさも、バランスまでもが完璧だ。整いすぎていてどこか不安さえ感じさせる。だが、どれだけ奇跡のように美しいツラの皮でも、一枚ひん剥けばそこに流れているのはつめたく冷えた青い血だ。
「おまえに惚れた女の子は大変だな」
はじめて流川の表情が動いた。ふう、と大きなため息をつくと、思い切り迷惑そうなしかめっ面をつくって反論をはじめた。
「大変なのはこっちだ。こっちの都合も考えねーであんな重いもん勝手にばんばんよこしやがって」
それで仙道は自分が思い違いをしていたことに気づく。生意気で無愛想なひとつ年下のライバルは、これでいてあんがい無防備なのか。そう思ったら冷酷な悪魔が急にかわいらしくみえてくるからおかしい。
「はっはっは。なんだ、そうか。うんうん」
「んだよ」
「いやいや、よくわかるなーと思って。そうだよな。そこはお互いフェアーじゃないと。前言撤回。つめたいのはオレのほうかもな」
流川は仙道の言っている意味がまったくわからなかったが、なんとなくバカにされてるっぽいということは雰囲気で察した。ただ、その漠然とした不快感をうまく質す言葉がみつからない。
「で、きょうはなんの用?」
ニコニコと笑いながら妙にやさしい口調で聞いてくる仙道へ、流川は『気持ちわりい』とつめたく言い放った。