HAPPY FAMILY LIFE
「持ってきたで」南が襖を開けて部屋に入ってくるや否や、岸本はすかさず南の持っている小さな箱を奪い取った。
「家が薬屋って便利やなー」
「ゴムぐらい自分で買いに行けや」
「別に買うの恥ずかしいからおまえに頼んだんちゃうわ」
「ほな、なんでやねん。バレたらめんどくさいねんぞ」
「まあまあ、それはええやんか」
南の質問をはぐらかし、岸本は赤いテープを引っ張ってフィルム包装を剥がした。そしてミシン目の入った箱の口を勢いよく開ける。
「アホかおまえ。ここで開けてどうすんねん」
「なに言うてんねん。その場で開けるほうがいかにも“待ってました”って感じでダサいやろ」
「ていうか付け方知ってんのか?」
南の問いに岸本は急に口を閉ざした。
「なんや。さっきからエラそうなことばっかり言うて、おまえまだ童貞なんか」
南が岸本を指差してこれ見よがしに笑うと、岸本がじろりと南を睨み返した。
「ほな何か、おまえはあるちゅーんか、南よ」
岸本は南も自分と同じ童貞だと思っているらしく、表情は自信たっぷりだ。
「あるよ」
しかし南はあっさりそう言い放った。何も言い返せないで顔を真っ赤にしている岸本と対照的に南は顔色ひとつ変えず、クッションを足の間に挟んでベッドでゆらゆら揺れている。
「な……何回?」
「ちゃんとは数えてへんけど……10回ぐらい?」
「じゅっ……!」
蛙が潰れたような声を出して岸本は言葉を詰まらせた。右のこめかみに血管が浮き出している。
「なんでやねん! 俺とお前と何がちゃうねん! 試合の後もおまえんとこだけ女の子がなんか渡しに来たりしすんのはなんやねん!」
「そんなん俺に言われても知らんし」
南は確かに女の子にモテる。下校途中に他校の女子高生から告白されるという、今は漫画でもはやらないようなベタな体験を何度もしていて、岸本はそれを隣で何度も目撃している。
「その変な髪形でなんでモテんねん……」
「そら素材の違いやろ」
「ムカつくわー!」
半分泣き言のようになってきた岸本は女ってわからへん……とつぶやきながら畳に突っ伏している。
「おまえそんなことばっかりゆうて頭でっかちで構えすぎてるからあかんのとちゃうんか」
「え?」
南の言葉に顔を上げた岸本に、しまったと言った顔で今度は南が黙り込んだ。
「あかんってなにがや。おい、南。なんのことや」
「いや……、まあ、ええやんか。あ、コーヒーでも飲もか?」
ベッドから降りて部屋を抜け出そうとする南を岸本が捕まえる。
「まてまて、どこ行くねん」
「忘れたほうがおまえのためや、岸本。な」
「あ? 勝手に決めんなや。なんやねん、ハッキリ言えや」
「まあ、そこまで言うんやったら話したってもええけど……ほんまに後悔せえへんな?」
「くどい! はよゆうてまえや!」
南はようやく腹をくくったようすで岸本になにやら耳打ちした。
「なんやてー! お、おま……えぇ?、俺がそ……、なんでやねん!!」
「いうとくけどおまえとあの子がどうこういうの俺は全然知らんかったんやで。それに向こうから言うてきたんやし」
だから俺は悪くない、と言いたげな南をよそに、岸本は大袈裟に頭を抱えてうなっている。話は通学路ですれ違う他校の女子に岸本が恋をしたことに端を発する。清楚な感じの小柄な女の子で、岸本の好みにドンピシャだった。そして出会ってから(と言っても道で一瞬すれ違うだけなのだが)約一週間後、岸本は意を決して告白したのだ。返事は意外や意外、岸本の予想に反して女子高生は首を縦に振った。
「俺とおまえが兄弟やったなんて……」
「あ? だっておまえ立てへんかったんやろ? 入れてへんねやったら別に兄弟ちゃうやん」
「なっ……、おまえなんでそこまで知ってんねん!」
「だから聞いたんやってその子から。逆におまえが先ヤってたら俺がヤるわけないやろ」
「あーもー! 最悪やー!」
「うるさいなぁ。静かにせえや」
「まてよ……、もしかして俺の告白にOKしたんもハナからおまえ目当てやったとかいうんちゃうやろな……」
話の雲行きが怪しくなってきた岸本の隣に腰を下ろし、やさしく肩を叩いて諭した。
「それはおまえ考えすぎっちゅーもんやで」
「いや、そんなことない! そうや、絶対そうやったんや! くそっ!」
南がなだめようとしても岸本のボルテージは上昇していく一方で、何を言っても聞く耳を持たない。あまり勝手に変な方へ話をこじらせてもらっても困ると南は首を捻った。
「岸本」
南は岸本の前に座り、両手のひらを岸本の顔に当ててやさしげに名前を呼んだ。
「な、なんやねん」
「俺が教えたろか?」
南が岸本に身体を預ける。畳の上に置かれた岸本の手に南の手が重なると岸本は身体を一瞬身体を強張らせたが、それ以上抵抗する様子はない。
「え? ちょっ……まてや、おい、南……」
艶かしい吐息の音が聞こえる。近づいてくる南の唇が岸本のそれに重なりかけると、岸本は目を閉じた。
「アホか! なに本気にしてんねん! 目閉じんなや! あー怖、怖」
両手で肩を抱え、目を閉じて寒がるポーズをした南は、よっこいしょと掛け声をかけてベッドの上に戻った。状況が把握できていない岸本は餌をねだる鯉のようにパクパクと口を開けて呆然としている。
「あーアホくさ。あ、これ今日までやった。見よーっと」
南はレンタルビデオ屋の青い袋をベッド下から引っ張り出し、リモコンでテレビの電源を入れた。その体勢のまま横着してビデオデッキへテープを入れる。
「……南ぃ!」
「今からこれ見んねんから静かにしとけ」
荒々しい海をバックにビデオ配給会社のロゴが写る。赤文字でタイトルバックと出演者の名前が出始めた瞬間、岸本が南の横に置いてあったリモコンを奪い、電源を切った。
「なにすんねん!」
「何回おんなじの見てんねん! ヤクザ映画キチガイが!」
「おまえ俺の鶴田浩二を馬鹿にすんのか!」
「誰やねん! 知るか!」
「ヤクザ映画を馬鹿にするやつは殺す!」
南がベッドの上から岸本を蹴り飛ばした。ひっくり返った岸本は近くにあった鞄を引っつかみ、南に投げた。鞄はストレートで南の顔面にヒット、返す刀で今度は南が鞄を投げ返した。
「これ返せ!」
南がコンドームの箱を岸本から奪い返そうとするが、岸本は離さない。
「くれるゆうたやんけ! 今更遅いわ!」
「おまえには必要ないやろ! インポやねんから!」
「あれはたまたまや! 今度はちゃんと……」
「ヤってから言え!」
「コラァ! うるさいぞおまえら!」
どたばたと暴れる二人に向かって階下から罵声が飛んだ。その後すぐに岸本が二階から部屋を飛び出して走り去って行き、すかさずその後を南が追いかける。罵声の主である南の父親はそんな二人のやりとりにやれやれまたか懲りんなぁと呆れたようすでレジを打っていた。