しらけちまうぜ
ラーメン食い行かね?と三井が言ったとき体育館に残っていたのは宮城と流川と桜木だった。それにいち早く反応したのは桜木で、続いて宮城がいっすねーちょうど食いたいと思ってたんすよねー、と揃えた。「流川、おまえは?」
「や、いいっす」
いつもの感情の読み取れない調子でそう返し、床に転がっていた最後の一球を籠に押し込め、流川は体育館を出て行った。
「どーせ誘ったってこねーよ。ていうか来なくていいけど!!」
毒づく桜木をいなしながら三人も流川の後を追うように体育館を後にした。ロッカールームで四人が揃ったのはほんの一分ほどで、流川はあっさり"おつかれした"と頭を下げて帰ってしまった。残った三人もそそくさと着替え始める。
「アイツもラーメンとか食うのかな」
「そりゃ食うだろラーメンぐらい」
「イメージわかないっすけどね」
「流川ってどんなイメージ?」
「そりゃなんつーかこう……」
「ルカワのことなんかどーでもいいよ! それより早く行こうぜミッチー! 腹減って死にそう!」
学校を出て駅に向かって歩く。一人先を行く桜木から10歩ほど離れて三井と宮城が後を追う形になった。
「三井サン、いっこ聞いていいっすか?」
額にスポーツバックのひもをかけ、両手をズボンのポケットに突っ込んだ宮城が唇をとがらせて聞く。
「おう」
「……あー、いや、やっぱいっす」
とがらせた唇を今度はきゅっと噛んでうんうんとひとりうなずく。
「なんだよ。そういうの気になんだよ、俺は」
「いやぁ、いいんすよ」
「俺が気持ちわりぃんだよ」
「はぁ……、いや前から聞こうと思ってたんすけどぉ、……三井サンて経験あるんすか?」
「は?」
「や、だから、ヤッタコトあるのかどうかってこと」
"アイツに聞かれるとめんどくせぇなと思って"と赤い頭を指差し、宮城がそうつぶやいたことをふんふんふんと機嫌よく鼻歌を歌っている桜木は知る由もない。
「そう聞くってことはまだ……」
「あーもうはっきり言わないでクダサイよ」
「じゃあなんだ? 予定あんのか? だっておまえ……。もしかして? え? マジ?」
「そんなわけないじゃないですか。もしそうだったら三井サンになんか言いませんよ」
「おい」
「それはまあ冗談で。関係ないっていえば嘘ですけど」
つま先を見つめながら歩く宮城を見ながら、めずらしいこともあるもんだと三井は空を仰いだ。そして、月がキレイだなぁと月並みなことを思う。
「なんで俺なの」
「いやぁ、三井サン交友関係広いんじゃないかなーと思って。勝手な想像なんですけど」
宮城の言う"交友関係"がどういう意味であるか三井にはわかる。昔の事を言っているのだろう。二年もそっち側に行ってれば事実そういうこともあった。でもそりゃおまえの参考にはならないと思うぜ、と三井は心の中でだけ思った。
「ん? どうした桜木」
いい調子で先を歩いていた桜木が歩みを止めていた。桜木に追いついた三井、宮城も足を止め、三人が横並びになる。
「なんかこっちみてる」
駅に向かう途中の交差点が目前に迫っていた。ガードレールにもたれかかるようにして立っている女が一人。確かに三人へ視線を向けていた。
「誰か知り合い?」
宮城の問いに"いや"と桜木が答えた直後、三井が桜木の肩に手を置いた。
「先行っててくれ」
「ミッチーのお友達か?」
「お友達……まあそんなようなもんだ」
「ぬ?」
「行くぞ、花道」
察しのいい宮城が桜木の肩を抱いて促す。身長差のせいでおかしなことになっている二人は点滅しかかった横断歩道を小走りで渡って行った。
「なんなんだろうな、ミッチー」
「おまえはいいよなぁ。幸せで」
「なんかよくわかんないけど馬鹿にしてるな、それ」
「それにしても三井サン遅いな」
ラーメン屋の前でウンコ座りをしているイカツイ二人を見た客が少しビビりながら店に入っていく。宮城が腕時計を確認すると9時54分。営業は10時半まで、ラストオーダーは10時だ。
「あと6分か」
「今日はミッチーのおごりだな」
「今日はって、おまえはいっつもおごりだろ」
「へへ」
「あっ、来た。あれそうじゃねぇか?」
「だらだら歩いてんぞ。おーいミッチー!」
桜木の大声に通行人が振り返る。ミッチーだって、とすれ違いざまOL二人組が笑いあう。
「ばかやろう。デケー声で呼ぶんじゃねぇよ」
「待たせてるくせにだらだら歩いてくるからだ」
「悪ぃな、宮城」
「や、大丈夫っす。ギリ」
時計のはまっている右手を上げてオーケーサインを出す。
三井はしょうゆ、宮城はみそ、桜木はしょうゆとみそとチャーハンをオーダーした。
「信じられないくらい食うな」
「おう、育ち盛りだからな」
「それ以上育ってどうすんだ」
湯気の立ったラーメンが運ばれてくるとしばらくは食事に集中した。一足先に三井と宮城が食べ終わり、一心不乱な桜木をよそに小声で話し始める。
「スイマセン、そこのやかんとってもらえます? ……で、よかったんすか、カノジョ」
「結構重いぞ。……ああ、まあな」
宮城は三井から受け取ったやかんからコップに水を注ぎ、空になっている桜木のコップにも注いだ。
「ワケアリっぽく見えましたけど」
「ワケアリ……ってほどじゃねぇけど」
「もしかして待ってたとか?」
「うん」
「マジすか」
「うん」
「それって昔の、関係で知り合ったんすか」
「うん」
「付き合ってたんすか」
「うん」
何を聞いてもうん、としか返さないことに宮城は察して三井の顔を覗き込む。
「あんま話したくない感じすか?」
「ん?」
深刻そうな顔の宮城を見て三井は、ははと笑った。
「いやあ、タイミングってあるなあと思って。あいつにはなんも言わないでフェイドアウトしたからなぁ」
「タイミング?」
「俺、あいつが初めてだったんだよな」
かろうじて隣の宮城に聞こえるか聞こえないかというボリュームで三井は照れくさそうに言った。え?ともう一度聞き返そうとした宮城は水と一緒にその言葉を飲み込んだ。
「そうなんすか……」
しんみりとした顔で宮城がコップをもてあそぶと、中の氷がくるくると規則的な円を描いて回る。
「なんでおまえがノスタルジー入ってんだよ」
「いやあ、なんとなく。そうすよね、三井サンにもそういう時があったんすよね。あたりまえだけど」
「……最悪だったよ。思い出したくもねぇ」
「そういうもんなんすかね」
「そういうもんなんじゃね?」
桜木が食べ終わったのを見て三井が伝票を取ろうとすると、宮城がすかさずそれを横から奪った。
「今日は俺が」
「なんでだリョーちん! ミッチーのおごりだって言ってたじゃねーか」
「気が変わったの。いいすよね、三井サン」
「ああ」
「おまえのは出す気ないんだけどな。多いし……。まあいいや」
桜木に向かってぐちぐち言いながら宮城は会計を済ませた。一足先に店を出た三井と桜木が野良猫とじゃれあっている。猫は桜木になついているようで、三井はあまり相手にされていない。
「昔からあんまり好かれないんだよな」
「あ、俺も」
宮城が同調すると、へへ、と二人は自嘲的に笑いあった。
「おい、言っとくけどさっきの話バラしたらぶっ殺すからな」
「"もち"すよ」
桜木が戦線離脱したあと、人通りもなくなった住宅街の小道を行きながら、でも部活帰りに二人きりになったりとかするときあるかもしれないじゃないすか、そゆときはどんな会話したらいいんすかね?と聞いた宮城に三井は、月がキレイだねとか言ってりゃいいんじゃね?と適当な返事をしたのだった。