不良にしない競技復帰
【スラムダンク】三井がグレた怪我の正体は? 「不良にしない競技復帰」を医師提言
https://medicaldoc.jp/m/column-m/202309p4029/#i-1
医師目線で見てもやはり、
「医療機関と学校が連携、情報共有を行い、そうした中で顧問の安西先生によるお見舞いなどで「いまでも君のこともチームプランに入れている。見捨てていませんよ」などと声をかけ、サポートをしていたとしたら、三井が道を踏み外さずに済んだ可能性もあったと思います。」
とのこと。やっぱりそうよね。
三井が治療を放棄しバスケからドロップアウトした理由は「自分はもうここ(バスケ部=安西先生)には不要」という思い込みだったはずだから、安西先生の「怪我が治るまで待っている。君が必要だ」の言葉がなによりの薬になったはず。そのくらいわかってやれなかったのかな。名匠なんでしょ? 安西先生やるべきことやったんかな?とは思う。
ただ、三井にとって三井の挫折はn=1の個人体験だけど、長い監督生活の中で多くの選手を指導してきた安西先生にとって、三井のような〝鳴り物入りの新人が怪我をきっかけにバスケを辞めてしまうケース〟はさほどめずらしいことではなかったのかも。谷沢の一件から、選手や生徒に対する過剰な肩入れを避けていたせいもあるのかな。傷つきたくない的な。
赤木と木暮はどうだったんだろう。少なくともあの二人は三井のことを認めていた気がするんだけどなー。全国制覇を成し遂げるには三井が必要だと。ただ、一年の頃は二人とも自分のことで精一杯で、三井を気遣う余裕はなかったのかもしれない。同級生だからお互い同情したくないしされたくないだろう。赤木なんて性格的に特にそう思いそう。二年の夏には先輩に面と向かって「宮城はパスができます」と言い返すまでに成長していたけれど(ザファ軸)。湘北バスケ部に、ザファで描写された「たかが部活にマジになんなよ」的な空気感が蔓延していたとすれば、三井の「目標は全国制覇です!」も、上からはあまりよくは思われていなかった可能性が高い。三井がいなくなってせいせいしたくらいに思われていたのかも。
三井も流川のように自分から安西先生を頼っていけばアドバイスのひとつももらえたのかもしれない。安西先生はツンデレタイプに思えるので(谷沢への対応然り)。あの時点では、三井も安西先生も、自分と相手のことを信じられていなかったということか。