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何が彼らを分けたのか

肘打ちでファウルってだけなら、陵南との練習試合での魚住→赤木とか、翔陽戦の桜木→花形もあるんですよ。でも、その場で「わざとではない」と判断されているし、被害者である赤木も花形も、魚住や桜木を責めてない。

なら、南の藤真への肘打ちだけが取り立てて悪質なように言われるのはなんで? となるわけです。しかもあれは完全な事故だったわけじゃないですか。真相としては。

魚住赤木と桜木花形、南と藤真、この二つを分けたものはなんだったのか。

魚住と赤木はわかりやすい。信頼です。お互いにライバルだと認め合っていて、バスケに対する情熱も知っている。「あいつ(魚住)がわざとファウルで俺を潰そうとするなんてありえない」という確信があるわけです。

桜木と花形の場合は、二人の間に信頼関係があるわけではないので「ファウルがかさんでいて、退場を恐れている桜木がわざとファウルをするはずがない」という理屈かなと。あと立ち位置的に、花形は桜木の背後にいて、桜木が花形を認識した上で肘打ちをすることは難しかったと思われ、それも故意ではないと見なされた理由のひとつとしてありそうです。

で、南と藤真のケースですが、おそらく南は二年のインターハイ大阪地区予選あるいはその少し前から、威嚇行為をし始めていたのだと思います。「最初は威嚇やったんです 勝つための…」の「最初」がいつだったのかという話にも関わってくるのですが(前々回の記事「誰にも言わない」で取り上げた南のもう一つのターニングポイント)、「豊玉(南)の威嚇が怖い」と大阪勢に認知される程度には威嚇行為を続けていたように思えます。その素地があった上で、あの藤真の事件が起きたのだと考えたら「やっぱり」「いつかやると思ってた」と思われてもおかしくはないのかなと。

さらに運が悪いのは、事件の舞台がインターハイ本戦だったことです。これは他の二つ(練習試合と県予選)に比べて、格段に注目度が高い。目撃した観客の数も桁違いだし、マスコミの取材も入っている。高校生の選手を表立って「エースキラー」なんてあだ名で呼ぶマスコミはないでしょうが(なかったと思いたい)、一部の好奇心旺盛な記者の間では、オフレコで「エースキラー南」の呼び名が浸透していたんでしょうね。実際、豊玉戦でコートサイドにいる記者らしき男性たちは「エースキラー」の名を口にしていたし、南を直接的に揶揄するような発言もしていました。さらに、職業倫理に縛られない一般客の口に上るあだ名には「エースキラー」以上の、もっと酷いものがあったかもしれない。

私服と顔

柄シャツの前ボタン全開けインナータンクトップ(Tシャツではないという強い主張)にチェーンネックレスのチンピラファッションでお詫びに来る南、最高に好きすぎる。

スポーツ部の遠征先に持ってくる私服にあれを選ぶセンス。もしかして手持ち全部あれ系なんか? タンスに龍柄のアロハとか吊ってありそう。

南が普段どんな服を選んで着ているのか教えてくれてありがとうございますの気持ち。作者に足を向けて寝られません。

そもそも南の顔面が好きなんですよ。南の女とかではないんですけど、単純に造形が好き。顔で言うなら、土屋も好き。カレンダーになった国体ポスターの大阪四番・土屋淳なんかド直球で好みです。

誰にも言わない

何が怖いって、「最初は威嚇やったんです 勝つための……」から始まる告白が、南のモノローグでしかないってことなんですよ。

どういうことかと言うと、あのシーンに限らず、南は一年前のIH後からずっとあんなふうに自分とだけ話していたのではないかと感じるんですね。藤真事件の真相(故意ではなかった)は読者にとって周知の事実だけど、作中人物の中にそれを知っていた(南から言葉ではっきりと知らされていた)人間は一人もいなかったんじゃないかとまで思えてきてしまう。

南が呪文のように唱え続ける「勝たなあかん」は「結果がすべて」と言い換えることができて、その考え方に固執しすぎた南は、一連のエースキラー事件に対するスタンスをも同じ方向へ決定づけてしまったのではないでしょうか。

ようは「結果のみで判断される」→「勝利という目的達成に寄与しない過程や個人的事情はどうでもいい」→「言い訳も不要(他人に気持ちをわかってもらうことを諦める)」→「事件の真相は封印する(誰にも言わない)」というような「正当化」が南の頭の中で行われてしまったのではと推察します。

そもそも、威嚇行為自体がアンスポーツマンライクな行いであり、本当に「威嚇やった」としても、言い訳にできるようなものではありません。最初から威嚇行為をしなければよかったからです。だからこそ、余計に言い出せなくなってしまったという面もあるでしょう。威嚇行為を肯定した選択が、結果的に自らの首を締めることに繋がった。より南を後戻りできなくさせた。あの肘打ちが純粋な偶然の事故であったなら、後ろめたさを感じることなく「違うんです」と言えたのかもしれない。

いくらオフェンス重視のラン&ガンを指導していたとはいえ、あの北野さんが選手の威嚇行為を黙認するはずはないでしょうから、「威嚇行為をしてでも勝つ」と決めたのはきっと南自身です。おそらく、南がその決断をしたターニングポイントが、北野さんの解雇と二年のIHまでの間の一年間のどこかにあったのだと思います。

北野さんの解雇時期は、南たちが一年の時のIH直後だと推定しているので、そこから二年のIHまでの間に挟まる、

①一年の国体

②一年のウィンターカップ

③二年のIH大阪予選中 or その少し前

この三つのいずれか(の前後時期)に関連して、南の意識変化が起こったのではないかと思います。①と②ではまだ南も控えの可能性が高そうに思うので、消去法で③が有力かな。

豊玉戦での、岸本の南に対する態度を見ていると、南は岸本にも、すべてを語っていないように見えるんですよね。でもそれは岸本を信頼していなかったからではなく、上記のような流れで「誰にも言わない」を実行した結果なんだと思います。「誰にも言えなかった」のではなく、「誰にも言わない」と南自身が決めた。

どこかのタイミングで、岸本が南に「あれは故意だったのか事故だったのか」を問いただしたかどうかについては解釈に迷うところでして……。岸本は南のこと(南の人間としての本質が善であること)をよく知っているはずなので、信頼の根拠を言葉で求めなくても、そんなことをする奴ではないと信じてくれたような気はする。

岸本がぶつけた「お前はなんやねん南!」「お前は豊玉のエースやぞ!」に込められた感情と、それを受け止めた南の混乱と葛藤についてはまた次別の記事で(考えがまとまっていない)

南の希望

南の名言「北野さんどっかで見ててくれはるんか」ですが、南は結局、北野さんにどう「見てて」欲しかったんでしょうね。「間違ってない」って言って自分のやってきたことを肯定して欲しかったのか、暴走を止めて欲しかったのか、ただ「今までようがんばったな」って言って欲しかっただけなのか。

全部の気持ちがないまぜになっていたとは思うんですが、やっぱりわたしは「止めて欲しかった」の比率が一番大きかったんじゃないかと思ってます。

無謀なオフェンスを叱りはしたけど、北野さんは南がやってきたことを表立っては責めなかった。ギリギリの精神状態で綱渡りしていた南の最後の心の拠り所が、北野さんだとわかっていたからだと思います。でも、このまま間違った道を進ませるわけにはいかない。そういう気持ちがあの「とりあえず楽しそうにやっとるわ」だったんじゃないでしょうか。そう言えば、南ならきっと北野さんが言わんとしていることを察して、その気づきによって自ら変わり、立ち直ってくれるだろうという信頼の上であの台詞を選んだと思う。

北野さんと南の心が通じ合っててよかった。北野さんの言い方次第では、南はあの後、信じていたものを全て失って精神崩壊、さらに深い闇へ墜ちていてもおかしくなかったと思う。

北野さんと南の関係を噛み締めるごとに、大人の発言が子供に与える影響って、大人が思うよりずっと大きいよな、と感じます。

フクちゃんの実家

謹慎中の福田が一人でエアシュート練習をしている「そこには空しかなかった……」のバックが寺なんですよ。以前、福田の実家が寺に設定されているのをどこかで見かけた覚えがあって(たぶん個人サイトのSSだったと思うけど思い出せない)、そのときは「たしかに“吉兆”って名前は寺の子供っぽい!」という納得の仕方をしたんですけど、今このシーンと合わせて見ると説得力が倍になりました。そうかあれは実家だったのか。家の裏で練習してたんだな。寺の子供だからあんまりしゃべったりしないんだ。上下関係にも厳しいのはきっと躾ができてるからだな。小さい頃から忍耐と沈黙が美徳って教えられたんだろうな。でも我慢しすぎてうっかり暴走しちゃったのはマズかったよね。ゴールのある場所を教えてくれたのは小学校の同級生か地元の友達あたりでしょうか。

もう一人の選手兼監督

金平監督の存在・指示・指導をガン無視ってことは、キャプテン就任後の約一年間(前年のIH終わり~今年のIHまで)、実質的に、南も藤真と同じく選手兼監督の状態だったわけですよね。実際、湘北戦のハーフタイムで後半の戦術を考えてメンバーに指示したのは南だった。

あの時、まだ二年

南「エースキラー」って呼ばれ始めた時、まだ二年だったんですよ。年齢も17か誕生日によっては16だよ。 一回目は本当に事故だったのに、もしかして故意にやったんじゃないの?と、表立っては言われないものの、なんとなく周囲から疑いの目で見られる状態はつらかっただろうな。親は南の言い分を信じてくれたのだろうか。 豊玉戦の「エースキラーも人の子か」「逆に罪悪感で自分を殺しちまったか?」の言葉からは明確な疑いを感じる。当時、ネットとSNSがなくて本当によかった。あったら絶対にタダじゃ済まない。大炎上不可避。しかも相手が藤真と流川だもん(両方顔がいい)。流川には親衛隊がついているし。

ルカワ!ルカワ!

この間、友達と「流川全然中二キャラじゃないしただバスケに全振りしてるバスケ大好きマンで周りとも結構仲良くしてる健全ボーイでかわいい」という話をしました。

ザファからの再読でイメージが変わったキャラはけっこういます。流川は特にそれが大きかった。

豊玉戦でラフプレー食らっても怒りを表に出さなかった流川、あれ対応として完全に正解でしたね。当事者があの態度とってるのに周りが怒り続けるの滑稽でしかないので。あの流川の振る舞いで四人は頭が冷えたと思う。誰も責めず、怒らず、他のメンバーに「なにやってんだオレは」と自覚させるのにベストな態度だったと思う。

「今日もあれやりましょーよ オレたちはってやつ」も「相手が誰であれいつも通りいこう」って意味で、これ以上ないジャストな台詞だった。ファウル食らってから現場にいなかったし安西先生の話も聞いてないのに。

南推しだけど、あの流川は素直にすごいと思ったしかっこよかった。ラフプレーって肉体を負傷させて物理的機能を低下させる以外に、相手チーム全体の精神状態を乱す目的もあると思うんだけど、流川はまったくそれに乗らなかった。

作中に、富ヶ丘中で流川が後輩に慕われてるっぽい回想シーン(彩子さんのだったかな)がありますが、豊玉戦で負傷した流川の冷静かつブレない態度を見て、あの慕われ感にとても納得感が出ました。

写真

豊玉高校の校内にはバスケ部が初めてIHベスト8を獲得した時の記念写真が額装されて飾ってある。そこには監督の北野さんも映っていて、〝エースキラー南〟はそれを穴が空くほど何度も繰り返し見た。誰にも吐露できない罪悪感と一方通行な気持ちを抱えて。

「北野さんどこかで見ててくれはるんか」

(※妄想です)

南と藤真

  • 2023/04/24 15:48
  • カテゴリー:考察

濃すぎる因縁で結ばれてしまった南と藤真は二次創作でカップリングとして組み合わされることが多いです。関係性の深さで考えたらありなんです。めちゃくちゃあり。お互いに生涯忘れられない相手であることは間違いないわけだし。なのに、なぜか自分では食指が動かない。

あの二人にはどこまで行っても力の勾配があるじゃないですか。加害者と被害者、許す側と許される側、罰する人間と罰される人間、そういう関係にならざるを得ない以上、なんとなく自分で書くのはためらわれます。性愛的なラブを介する関係にするのはむずかしいですね。南は自分の罪を受け入れる覚悟ができているだろうし、南ちゃんをつらい目にあわせたくない!的なモンペ思考による拒絶でもないんですが、どうしたって長く一緒にいられる相手ではない気がする。藤真がどれだけ気にしてないと言ったところで、南のしこりは消えないと思うから。南が固執しやすい性格なのは、原作の描写を見れば自明なので。

いつまでもこだわってしまう性分の南だからこそけじめが大事、藤真にも正面から向き合って謝罪すべき、という理屈はわかります。

藤真は話を聞いてくれると思う。あれが事故だったことも、勝利のために行為を正当化したこともきっと「そうか」と言ってくれる。罪の告白をしようとする南を、自己満足だと切り捨てるような人でもないと思う。

もし謝りに行くなら、なにかのついでにとか、偶然にとかではダメで、そのために大阪から神奈川に出向く必要がある。流川に会うために、試合後の夜、ちどり荘まで足を運んだように。朝起きて急に思い立って新大阪発の新幹線に飛び乗り、新横浜まで平日日帰り弾丸謝罪ツアーを敢行する南烈は悪くないと思います。

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